迂闊だったとしか言いようがない。
閏の夜は屋敷に籠り、声を殺して過ごさなければならなかった。今までずっとそう生きてきた。それなのに。
誘われるまま外に出て、正午近くに異変を覚え慌ててその場から飛び出した。生憎足の速さは常人離れしていたため、誰もついてこれはしない。
人の気配がない路地裏を目指し、身を潜らせた。
途端、心臓が強く弾んだことで、時計の針が十二を指したことを知る。
足元から這い上がってくる悪寒に、息を深く吐いて瞳を閉じた。


身体の内側から作り替えられる感覚は、何度味わったところで慣れはしない。
骨が内臓を突き破り、血液は逆流するような。とてつもない痛みの中で、意識は混濁し、視界は涙に滲んで霞む。
喉の奥から断末魔ととられてもおかしくないほどの悲鳴が飛び出しそうで、慌てて何かに縋ろうとした。寝静まった町の中で、あまりにもその声は異質だ。
例え、たかが「人間」相手だろうと、今この時に弾丸を浴びれば二度と目覚めることはない。
決してこの姿を見せてはいけない。見られてはいけない。
見られたならば、殺される前に。殺せ。

壁に背を預けた拍子に、足元でアルミのごみ箱が音を立てて倒れる。詰められていた生ごみが散らばり、腐臭があたりにばら撒かれた。
途端に鼻を突く臭気が脳を刺激し、思わず青い血管の浮き出た手で口元を覆う。呼吸しようとすれば、指の間から抑えきれない唾液が溢れて地面に黒い染みを残した。
「ぁ…ぅ、ッ」
脳を直接叩かれているような鈍痛に立っていられず、落ちるように地面に膝をつく。そのまま上半身も崩れるように倒れ込んだ。
先ほど散らかしたごみが頬に触れ、より一層汚臭が近付いたはずだが、もはやそれさえも気にならないほど痛みが意識を支配していた。
視界は白と黒に点滅して、はっきりとしない。数歩踏み出せば路地から外に出られたはずだが、数歩先すら今の目には見えなかった。
ガンガンと音を立てるように鈍痛が増す。ますます呼吸は苦しくなって、悲鳴を堪えるために腕へと噛みついた。
鋭く尖った歯は牙と呼べるほどだったが、構わずそれを突き立てると口の中に鉄錆の味が広がり、同時に痛みが襲った。
脂汗が額に滲む。
いよいよ意識は闇に溶けそうで、顎からも力が抜け腕から流れた血液がシャツを赤く染めた。
意識が落ちる寸前、柔らかい太陽のような黄色が視界を覆った気がして、動かない腕を伸ばしていた。
天敵である、太陽。
太陽のような、あの男。
あたたかい。
「いえや、す」
目を閉じた先に広がったのは果てしない闇。
この身が正しく生きることを許された、唯一の世界。
やっと息ができる気がして体中から力を抜いた。

だから知らなかったのだ。
己が、あたたかな腕に抱かれていることを。
息を切らし、慈しむように頬に触れる男がいたことを。













MONSTER

一般人家康×吸血鬼か何かの三成
痛がる三成を書きたかっただけなんだけど(←)、名前がどこにも出てきてない!

二人は普通の人間同士として出逢ったんだけど、実は人じゃありませんでしたという。
この後、見られちゃったので「殺してやるぞイエヤスゥゥァァアアア!!!」となります。

 

20110515(初出20110210)