※妖怪吉継×農村の子三成←地主の息子家康
※三成名前しか出てきません
※最初っからクライマックスだぜ!!←





「三成は、おめぇのことを好いてるんだ!」

暗い水面が飛沫を上げて沸き立ったようだった。
一瞬で水面よりもっと高く。宙に浮いていたのは、見たこともない白い翅。
蝶、のような。

「三成は、どこぞ」
「……ぁ、」
口調からも、口にした内容からも、それは今まで対峙してきた相手だろうとわかっているのに、その姿は記憶にある彼とはかけ離れすぎていた。

「早にせぬか、われは大層気が短い」
尻餅をつき全身ずぶ濡れで口を開けたままの家康に、冷やかな視線が落とされた。
慌てて抜かした腰に力を入れて立ち上がる。
「村の…村はずれの崖の上だ!」

古の神々に捧げるためと、身を清め白い布に身を包んだ三成が大人に手を引かれていったのは四半刻前か。もっと経っているかもしれない。
もう手遅れかもしれない。
禍に恐れ慄く大人たちは情け容赦などなく、若い身を切り裂いて供物とするのだろう。
神が何を求めるのかなど、知りもせずに。

家康が声を張り上げると同時に吉継は翅を羽ばたかせ、より高く宙へ浮かんだかと思うと一直線に家康の示した場所を目指した。

 

「…は、はは…」
三成は助かるかもしれない。
吉継が消えていった虚空を見つめ、安堵からか腰が抜けた。

乾いた笑いが口から零れるのに、宙を睨んだままの瞳はみるみるうちにしずくを溜めて、泥に汚れた頬を伝い地面に落ちる。
次いで、止め処なく溢れてくる感情に胸が張り裂けそうに痛んだ。

例え助かったとしても、助からなかったとしても、三成は二度と家康と見えることはないだろう。
確信にも近い思いが、家康にはあった。

三成は、人として生きるには余りにも清廉すぎる。
吉継もそれを恐れていた。
手を伸ばしてしまえば、離すことなどできなくなる。人として生きることなど放棄させてしまう。
だから、三成を距離を置こうと図ったのだ。
それなのに。

こうして手を伸ばさせたのは家康だ。すべての咎は家康にある。
それなのに、会えないとわかった途端に全身を埋め尽くすのは悔恨の念ばかりだ。

もっと、自分に力があれば守れたかもしれない。人として生きることを享受させることもできたかもしれない。
しかし、きっと三成は、迷うことなく白くたおやかな手を伸ばして吉継の手を取るのだろう。

三成は吉継のことを好いていた。
吉継もまた、三成のことを好いていた。
しかし、家康もまた、三成のことを好いていた。

月のように美しく、いや、月よりも尚美しい彼のことを。誰よりも好いていたつもりだった。

 

睨み続けていた宙には蝶の姿もなく、ただ、輝く満月だけが浮いていた。














月の満ちる夜に

幼馴染で、誰よりも大切だった相手は、満月の晩に姿を消した。
神に身を捧げたのだと諭されたけれど、そうでないことを自分だけは知っていた。

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家康と三成は幼馴染として育っていた。
ある日、三成は森の深い湖で吉継と出会う。一目で人ではないことは気付いたが、それでも魅かれる心を止められず、足繁く湖へ足を運ぶ。
そんな三成を訝しげに思い後をついていった家康は、そこで吉継と対面する。
魅かれあう二人を前に幼馴染に抱いていた感情が恋慕であったことに気付く家康。
三成がいない隙を見計らって吉継と対面する家康。
ああも清廉な魂は妖の中でも滅多にないと目を細める吉継に、三成を連れて行かれるのではないかと怯える家康。まるで考えを見透かしたかのようにそのようなことはしないと吐き捨てる吉継。
ここには二度と来るなと残し、体を湖に沈めていく。
三成にも同じように伝えろというのに反論する暇も与えず、水面は水鳥が羽を絡めた揺らぎだけを残して吉継の姿形を隠してしまっていた。
三成にそれを伝えると明らかに傷ついた瞳で湖に走ろうとする。その腕を取って体ごと抱きすくめる。
離せと暴れる体を押さえるように腕に力を入れれば、次第に抵抗は弱まって痩身が小刻みに震えるのを感じる。
吉継は、私を捨てたのか。
ぽつりと落とされた声があまりにも弱々しくて、否定する声すら震えた。
日の沈んだ家屋で触れ合った温度だけを互いに感じていれば、無遠慮に三成の家屋の扉が開かれた。
明りを持った村の大人たちが入口に大挙して、その身を差し出せと三成に迫った。
ここ数年続く不作で村は痩せ細っていた。そこで神に捧げる供物として白羽の矢が立ったのが、両親も既にいない三成だった。
普段なら口にしたりしない地頭の息子であるということを口にしても、恐怖に背を押され動き始めた大人たちを押さえることは叶わず、抑え込まれる家康を背に、三成は何の抵抗もせずに祭壇の用意された村外れの崖へと連れられて行った。
拘束を外すと、一目散に吉継の湖へと走った。
人間が三成を救えないというのならば、今三成を助けることができるのは吉継しかいない。
足元も不確かな闇の中を、力の限り、力が底を尽きようとも家康は走った。

←イマココ。

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いつも通り唐突に始まって唐突に終わる。

 

20110523