それからしばらく、二人で帰る日々が続いた。
とぼとぼと歩く佐吉に兄は申し訳なさそうな顔をしたが、だからといって四人で帰ることはなかった。

あの日、最初に竹千代を一人残して帰った日。家康は佐吉たちが帰って30分経ってからようやくやってきたのだという。
家康がきたらすぐに追いかけられるよう、鞄も帽子もしっかり用意して玄関で待っているのに、一向にやってこない家康に竹千代は若干泣きながら待っていた。
散々待ってやってきた家康は息を切らせていたが、今更追いかけたところで間に合わないことはわかりきっていて、泣いて詰る竹千代をただ黙って抱き上げたのだった。

以来、佐吉と竹千代は迎えを待つ間、二人で積み木を積み上げながら鬱々と過ごしている。
その様子は、傍から見ると賽の河原のようであったが二人が知る由もない。

片手では足りなくなって、両手でもそろそろ足りなくなるくらい四人で帰っていない。
兄は相変わらず張りつめた表情を崩さないし、家康は家康でどんよりとした空気をまとったままだと竹千代は言う。

さて、佐吉は、兄のことが大好きだ。
もちろん竹千代のことも大好きだが、兄と竹千代の二人が大好きな家康のことだって好きに決まっている。
だから、この状況はどうにかして打破したかった。

「でも、どうやって?」
幼い二人は手と手を取り合ってみたものの、解決策が降ってくるはずもなく早々と途方に暮れた。
「なんでいえやすとみつなりはケンカしとるんだ」
「わからん」
原因が分かれば解決策も浮かんでくるかもしれないが、二人の事情を佐吉たちがわかるわけもない。
「さきちはみつなりとなかよしなんだろう?」
「うん、たけちよは?」
「かわらん、いつもどおりだ」
兄弟同士は仲良しのままだというのに、なぜ。
同じように首を傾げて、ふと。
ひらめいた。

その日、佐吉と竹千代を迎えに来たのは両者の兄ではなかった。
しかし、二人が飛びついたのを見て教諭は安心して二人を引き渡した。稀に、その人物が佐吉を迎えにくることがあったからだ。
そうして三人揃って帰っていくことに何の疑問も持たず、見送った後。
何も知らない佐吉の兄と家康がやってきて、慌てて走っていく後姿を眺め、初めて、ちょっと問題だったかしら、と首を傾げるのであった。

 

 


「佐吉!」
「竹千代!」
駆けこんだ勢いそのままに、思い切り引き戸を開く。
家主の了承を得る間もなく玄関に上がり込むあたり、余裕のなさが伺える。
「やれ、主らは本に騒がしい」
物音に顔を出したのは、共通の知人である吉継であった。
病で足が不自由ではあるが、日々の生活には困らないと悠々自適な一人暮らしを謳歌している。
たまに兄二人の帰宅が遅くなりそうなときは、吉継が幼子二人を迎えに行っていた。
顔全体を覆った様相はどう転んでも子供に好かれそうもなかったが、佐吉と竹千代は非常によく懐いている。
自らの兄たちが慕う相手が悪人であるはずがないという単純極まりない理由だったが、吉継は懐いてくる幼子たちを大層可愛がっていた。
本人は好き好んで食べたりしない菓子の類が、この家に常備されているのもその辺が理由だったりする。

「刑部、佐吉はどこだ!」
「すまない、竹千代もここにいるんだろう」
「そう急くな、ほれ、あちらよ」
息を荒げて詰めよれば、飄々とした仕草で居間を指さす。
それを確認するやいなや廊下を駆け出し、居間の戸を力いっぱい左右に開いた。
「みつなり!」
「いえやす!」
幼い声がそれぞれの兄の名を呼ぶ。
兄の心子知らずで、机の上に並んだ菓子を幸せそうに頬張る二人を見て一気に力が抜けた。

「…刑部、連れて行くならせめて事前に連絡を入れろ」
溜息交じりに非難がましく吉継を睨む。視線の鋭さを気にすることもなく、吉継は空席だった坐椅子に戻ると置かれた煎餅に手を伸ばし音を立てて噛み砕いた。
「なに、連絡を入れてきたのはこやつらよ」
「ぎょうぶ、たべながらしゃべってはだめだ」
「おお、これは我としたことが。失敗シッパイ」
煎餅を齧るバリバリという音の合間に聞こえた言葉の真意が読めず聞き返そうとするが、佐吉が吉継を窘めたことで言葉が落とし所を探して宙に浮いた。

佐吉の自宅では、ボタン一つで吉継に電話が繋がるように設定されている。
それは、佐吉のためというよりも佐吉の兄がことあるごとに吉継に電話をかけていたせいだが、すっかり使い方を会得していた佐吉は兄が席を離すタイミングを見計らって連絡をつけていたのだという。
若干五歳ながら、実に侮り難し。


佐吉と竹千代は、食べかすのついた顔を見合わせると互いの頬を両手で払い、困惑する兄たちに向き直った。
「みつなりといえやすがなかなおりするまでかえらない」
毅然とした態度で告げる二人に、目を合わせることもできずたじろぐ。

「さきちはよにんでかえりたい。さきちと、たけちよと、みつなりと、いえやすと!」
「わしだっていっしょだ!よにんでてをつないでかえりたい!」

二人の言葉は痛いほどわかる。
それぞれの兄と手を繋いで帰路を行く佐吉と竹千代は、隣にいない友の姿を見て口数も少ない。
寂しげな頭頂部が目に入るたびに手を強く握るしかできなかった。
しかし、これはそう簡単に解決できるような問題でもない。
そんな空気を感じ取ったのか、佐吉はすっくと立ち上がると手にしていた紙切れを持って吉継に歩み寄った。
「ぎょうぶ、これをよみあげてくれ!」
「…あいわかった」
渡された紙に目を通し確認すると、口元にニンマリと笑みを浮かべて了承する。
何か企んでいるとしか思えない表情に、家康は体温が引いていくのを感じた。
「なかなおりしてくれないというのなら、こちらにもかんがえがある」
ふん、と言って細い指先を兄に向けてつきだした。
一緒に暮らしていると仕草まで似るのだろうか、それは佐吉の兄がよくやる仕草によく似ていた。

「佐吉は、竹千代を伴侶とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓うか?」
「ちかう!」
「竹千代は、佐吉を伴侶とし、」
「ちかう!」
「…やれ、竹千代。最後まで聞きやれ」
「しかし、わしのこたえはかわらん!」
「まあ、よい。ほれ、誓約の口付けでも交わすがよかろ」
稚い声で綴られる愛の誓いが、もの凄い勢いで結ばれようとしている。
呆気に取られていた家康は、言った言葉の意味をほとんど理解できていないであろう二人の小さな唇がまさに触れ合おうという所に至ってようやく我に返った。
「ま、待て待て待て!どうしてそうなった」
「そうだ刑部、貴様何を唆している!」
「我は、あれに渡された紙を読み上げただけよ。ご寛恕ゴカンジョ」
真っ赤な顔で佐吉と竹千代を引き剥がす家康に、真っ赤な顔で吉継に詰め寄る兄を見て、佐吉は頬を膨らませた。
「さきちはみつなりとなかよしのままだ。つまり、きょうだいはけんかしないんだろう」
「わしとさきちが『けっこん』すれば、いえやすとみつなりもなかよしだ!」

だからけっこんするんだ!
そう言って、力の抜けた家康の腕から転がり出た竹千代は、もう片方の腕に抱えられた佐吉の頬を両手に挟み。
唇と唇を触れ合わせた。

「家康、貴様何故力を抜いた!!」
「竹千代、お前なんてことを!」
怒号と悲鳴の響き渡る居間は、もはや戦場に近かった。
どこから取り出したのか、木刀を振り回す兄の姿は型にはまっているし、それを避ける家康には慣れを感じる。

「ワシらがけっこんしたから、みつなりといえやすはきょうだいだ!」
「きょうだいは、なかよくしないといけないんだ!」
「ちかいのきすだってしたしな!」
「『じんぜんしき』もありだってかいてあったぞ!」

だから、
だから、

「なかなおり、してくれないといやだ」

震える声につられて、眼を揺らせていた感情が、とうとう決壊した。
溢れだす大粒の涙は止まることを知らず、次から次へと溢れてきて自分のことなのに佐吉の手には負えなかった。
同じように、隣で竹千代が声を震わせている。
繋いだ手は固く握ったまま、噴き出した感情のまま泣いた。

ずっと不安だったのだ。
このまま、それぞれの兄が疎遠になってしまったら、と。
今は繋がれている、この小さな手も離れてしまったら、と。
二人の力はあまりにも弱い。
どんなに知恵を絞ったところで、今までの努力はすべて無駄になってしまう。
だからこうして泣き縋るしかないのだ。
大好きな竹千代と離れたくない。
大好きな兄が悲しむところを見たくない。

「…お前たちの気持はよくわかった、心配かけて悪かったな」
幼子たちの泣き声ばかりが響いていた部屋に、家康の声が落ちる。
小さな二人の身長に合わせて腰を下ろした家康の大きな掌が、佐吉と竹千代の頭をそれぞれ包み込んだ。
「___三成、」
二人を包んでいた暖かな手が、兄に向けられる。
「仲直り、しよう」
「…喧嘩など、」
「うん、でも、ほら」
仲直り。
困惑を浮かべたまま、家康の手を掴めない兄に苦笑いを浮かべてゆらゆらとその手を揺らす。
視線を彷徨わせて結局観念したのか家康の掌に、白い掌を重ねようとした。
その手をするりと避けて、家康の厚い掌は兄の細い手首を掴み思い切り引き寄せる。
床に腰をおろしていた家康に手首を引かれ、態勢を崩して胸に飛び込んでいた。

やっと、つかまえた。

耳元で囁かれた声は、佐吉と竹千代には届かない。

なかなおり?
なかなおり!

「ああ、お前たちのおかげだ。ありがとうな」
飛んで跳ねて喜ぶ二人に、緩んだ表情のまま家康が言う。その腕の中では、兄が体を硬くさせたままだ。
そんなことよりも大切なことに気が付いて、佐吉は足を止めた。
急に立ち止まったせいで、手を繋いでいた竹千代がバランスを崩し、それにつられて倒れそうになるのを寸でのところで耐える。

「ふたりとも、ごめんなさい、ってするんだぞ」

本当は先ほどと同じように、ふん、と言って指を差したかったけれど、涙と一緒に溢れてきた鼻を啜るようになってしまって。
掠れた声ではいまいち格好がつかなかった。















デレ100%佐吉と我慢をしない竹千代。

ちびっこ萌が滾っておかしな方向に進んだ結果。
どうしてこうなった。

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