※リーマン家三同棲一年目

 

ミス・ア・シング



寝息だけが静寂を彩る部屋に、不釣り合いなチャイムの音が響いた。
ベッドサイドに置いてある時計を手に取れば時刻は10時を指していて、早すぎる時刻ではないことを知る。ただ、昨夜は久しぶりの休日が重なったこともあって、いつも以上に熱い夜を過ごしたせいか、身体のだるさが抜けきらない。若い時分には不眠不休で大学へ赴き、問題なく授業を受けていたのだから自分も年をとったものだ。家康でこの体なのだから、腕の中で眠る三成は起き上がることもままならないかもしれない。

素肌同士が触れ合って体温が伝わる。普段は温度など感じさせない、絶対零度の視線を誇る三成も、家康の腕の中では痩身に熱を灯す。その熱は家康を焼き尽くすかのようだった。
昨夜の熱を思い返してしまえば家康自身の熱も高まりそうなものだが、腕の中の温もりも相まって睡眠欲が勝鬨を上げた。

今日は休日で、訪問者の予定もなかったはず。だったら、新聞か何かの勧誘だろうとあたりをつけて、再び眠りの淵に足をかけた。
しかし、二度三度と続けてチャイムが響く。最近の勧誘は不在の確認に熱心だなとぼやけた意識で感心するが、さらに続けて鳴らされ続けるチャイムにさすがに不信感が募る。しばらく放置していれば、激しくドアを叩く音が聞こえてきた。いくらぼろアパートではないといっても隣近所に騒音で苦情をつけられては堪らない。
慌てて蒲団を撥ね退け、近くに放置されていたスウェットを被る。家康が身体を離したせいで温もりが逃げたせいか、むずがる声が蒲団の下から漏れた。覚醒には遠かったのか、無意識に家康を探して腕を這わせる様子がいとおしい。幼い仕草に表情が緩みきってしまうが、玄関を騒がせる音に我に返り、後ろ髪を引かれながらも騒音の元へと急いだ。

家康の重みを受けて廊下が音を立てる。朝のフローリングは冷たい。スリッパを履く余裕などなかったので、素足のままで歩けばそこから三成と分け合った体温が逃げ出していくようだった。

「はいはーい」

とりあえず家主が気付いたことを知らせるため、鳴り続けるドアを叩く音の間から返事をする。思った通り、ぴたりと音は止んだ。
代わりに玄関の外からひやりとした冷気を感じられなかったのは寝起きの失態でしかないと後になって思う。
欠伸を噛み殺しながら二重ロックとチェーンを外し、ドアを開けると日の光と冷気が同時に入り込んでくる。まだまだ冬が続く中、スウェット一枚で外気と接するのは大分無謀であった。

「何故、主がここにおる」
「ぎょ、ぎょう…ぶ……?」

しかし、本当の無謀とは三成の保護者兼親友を自覚している男と、寝惚けた頭を抱え、一対一で対峙することであった。
底冷えするほどの冷気を伴った吉継の声が、まだ若干夢心地であった家康を一気に覚醒させた。

休日の朝。吉継の鳴らしたチャイムの音で目を覚まし、玄関へ駆けつけたのが丸わかりなよれよれのスウェット。普段は上げている前髪も、ところどころ寝癖ではねている程度で額は黒髪に隠れている。極めつけにというか、首筋に残る歯形が何よりも昨夜の行為を物語っていた。

顔面のほとんどを包帯で覆われてはいるが、眼光の鋭さが覆われることはなく。強い視線を受けて、患部を厚い掌で隠すが、時すでに遅し。ドアを開けた家康を認めた瞬間よりも、より一層鋭い視線が家康を貫いた。

「いや、あの、これは」
「……」

吉継の沈黙が痛い。ついでに、向けられる視線も痛い。

紆余曲折の末、三成と同棲を始めたのはもう半年以上昔になるが、その間入院生活が続いていた吉継が知らなくても不思議ではない。
そもそもまだ入院しているはずだというのになぜここにいるのか。三成は明日仮退院日と言っていた。そのせいで休日の予定が狂ったのだが、それはそれ。

無言のまま家康を押しのけ玄関を上がる。吉継が進むたびに杖が床を付く音がするが、杖の必要など感じさせない足取りでリビングダイニングを抜け、一直線に寝室へ足を向けた。まるで三成がどこにいるのか察知しているかの動きに恐ろしく感じるが、今はそのようなことを言っている場合ではない。このままではベッドの上であられもない姿を曝した三成を見せることになってしまう。

「刑部、茶でも飲んで一息つかないか? 退院したばかりでここまで来るのに疲れただろう」
「何、下まで暗に運ばせた。疲労などない故気にするな」

抵抗空しく、あっという間に寝室への扉は開かれてしまった。
ベッドの上には掛け布団が放置されているだけで、ぱっと見た限りではそこに人がいるとは思わなくもない。

「見た通り起きたばかりで散らかっているんだ。だからリビングで茶を…」

とにかく寝室から出てもらいたい一心で言葉を続ける。そんな家康を睨め付け黙らせると、足元に杖を走らせた。持ち上げた先に引っ掛かっていたのは、脱ぎ散らかされたパジャマの上着。それは、昨夜家康が三成から剥ぎ取ったもので。杖の先がそのまま掛け布団を捲れば、艶やかな銀糸がシーツの上で踊った。もはや言い訳ができるはずもなく、血の気が引いていく音とはこういうものかと感心するほかなかった。
引き攣った表情を浮かべた三成がなるべく身体を隠すようにして蒲団から起き上がると、部屋の空気はもう二三度下がったような錯覚に陥った。

「よ、よくきたな、刑部」
「………三成」

「我の事は『お兄ちゃん』と呼べと申したであろう」

初耳である。

冷や汗を流しながら固まる家康たちに、やれ冗談よ、と耳に慣れた引き笑いで自身の発言を流す。三成に服を着るように差し出す動作はいつも通りであるのに、吉継の病身を覆う禍々しいオーラは収まるどころが濃さを増していく。
吉継の差し出す服を受け取ろうと腕を伸ばした三成の首筋に、いくらか鬱血痕が残る。一瞬、吉継の肩が震えた気がした。

「さて、徳川」
「はいっ」

思わず敬語になる。

「そこを、一歩たりとも、動くでないぞ」

よいな、と念を押しそのままリビングへ踵を返した吉継の背中を見ることなく、家康はベランダへと飛び出した。
案の定、次に現れた吉継の周囲には凶器になりえそうな包丁から何からが浮かんでいた。ポルターガイストとかそういうことを気にしている場合ではなく。
狭いベランダに逃げ場など当然ないが、あの場に留まったら確実に。

「徳川ァ、我の生涯を賭けた呪いを受けェェエ!」

息の根を止められる。
休日の朝に似つかわしくない野太い悲鳴が、青空の元響き渡った。

突然の乱入者、もとい訪問者によって休日の清々しい朝の空気は吹き飛んだ。同時に、あわよくば起き抜けにもう一戦、と目論んでいた家康の下心もあっけなく砕け散ったのであった。














I Don't Want To Miss A Thing

刑部に同棲がバレました。

thing と寝具をかけてみたとかタイトル台無し。
地上波で某隕石映画を観た後に書き始めました。相当昔なんですが。
刑部にあのセリフを言わせたかっただけだったのに、家三がやたらといちゃいちゃしてました。

110621