※リーマン家三
※若干いかがわしいと言えなくもないので注意











押されるがままに流されて壁に背が当たる。しかしそこで勢いが収束することはなく、わずかな隙間すら許さないように圧力が加えられる。
直立の体勢を保とうにも押される勢いに足元は崩れ、どうにか壁に背を押し付けることで踏ん張っていた。
しかし油断したが最後、壁以外の面から迫ってくる肉体に息はもう切れ切れだった。
朝のラッシュはまさに地獄である。

普段通りであったらこんな目には遭っていなかった。
始業時刻の一時間前には席についている三成である。ラッシュに揉まれることもなく、悠々と出社しているはずだった。
しかし今朝は主要路線での人身事故に、踏切の安全確認、線路内立ち入りと相次ぐ遅延と運休に、都市部の通行はパニックに陥っていた。
当然振替輸送を行ってはいるものの、すでにパンク寸前であった。さらに追い打ちをかけるようにニュースで交通情報を得た人々が慌てて時間をずらし乗ってくるので想像を遥かに超える大混雑となっていたのだった。
すでに駅構内は入場規制がかかっており、改札から溢れた人々は長い列をなしている。
ギリギリそこに混ざることなくホームに入れた三成と家康だったが、それはまだ序章に過ぎず。ようやく遅れてやってきた車両の過密度に息をのんだ。

「まあ、予想はしていたが…こんなものだよな」
「仕方あるまい、乗るぞ」
「え、三成大丈夫か。こんなラッシュの車両乗ったことないだろう」
「たわけが、そんなに脆弱であってたまるか!」

口を開いた扉から流れ出てくる乗客の波がまず二人を襲う。ターミナル駅であったため、乗り込む人数も多ければ降りる人数も相当なものだ。
下車する人々が降り切らないうちから、既に背後には乗り込もうとする鬼気迫る気配が迫っており前にも後にも引けない状況でたじろぐすきも与えられずに車内へと押し込められていた。
この混雑の中で鞄が手から離れそうになるのを必死に握りしめるが、その鞄がどこかに引っかかってしまったのか動こうとしない。引いても押してもびくともしないまま発車ベルが鳴り響くとさらに圧力が増した。
予想外の息苦しさに冷や汗が溢れだす。このままでは冷や汗どころか無理やり押し込んできた朝食までもが溢れ出そうだ。だから朝から食事などとるものではないのだと、笑顔で茶碗を差し出してきた家康を思い浮かべるも、ふつふつと湧き上がる怒りではどうにもこの状況を打破できそうもない。
視界が白黒に点滅を始めるのではないかと思った時だった。
ふと、体にかかる重みが軽くなった。見上げた先には、つい先ほど半ば八つ当たり気味に思い浮かべた笑顔があった。

「だから言っただろう、大丈夫かって」
「ううううるさい、予想以上だっただけだ!」

見下ろしてくる家康は、三成の顔の横に肘から先を押し付けるようにして背後から傾れ込む体重を遮っていた。
相変わらず足元は安定しないし、鞄はどこかで引っかかっているしでちっとも安心できる要素などないはずなのにあっという間に不安が流れだした風景とともに置いていかれてしまったようだ。
ゆっくりと動き出した車両の中に、少しの余裕が生じる。
不自然に伸びた三成の腕に気付いた家康が、その腕を辿り引っかかった鞄を引き寄せた。手首に触れた指先が妙に熱く感じられて顔に血が上る。
ほら、と。手繰り寄せた鞄を三成に押し付けると、また壁に腕をついて視線を窓の外へと向けた。
三成が潰れないようにと腕で開ける空間に閉じ込められて、わずかな隙間から家康を見上げた。
じわりと額に浮かんだ汗。押されるたびに乱れる呼吸。押し付けられた胸板からは慣れた肌の匂いがして三成の脳を刺激する。
つい、昨夜みたものと、変わらない。

停車駅が近付いたのか、車輪が耳障りな高音を放ち車内が大きく揺れる。一気にかかる体重が増えたことで支えきれなかったのか、家康の体が三成へ押し付けるように倒れこんできた。
不意に触れた感触にぎょっとして、思わず声を上げる。

「貴様、どこに足を突っ込んでる!」
「仕方ないだろうこの状況じゃ、わざとじゃないんだ」

足場を求めて伸ばした家康の足は、三成の両足の間に納まっていた。
わかってはいても荒くなる呼吸も近付く体温も、すべて昨夜の痴態を思い返す切っ掛けとなって三成に襲い来る。

ホームに滑り込んだ車両から人が流れだす。ただし、大半の乗客はまだ先のターミナル駅へと向かうため空間は空かず、逆に発車ベルが鳴りだしてからさらに乗客を積み始めた。
急激に押し潰されると、いっそう家康との距離が縮まりワイシャツ越しの胸に顔を埋める形になる。
暑いし苦しいし他人の体が触れて気持ち悪いだけだったのに、家康の腕の中に閉じ込められてしまうと意識が高揚してしまう。
堪らなくなって生理現象だけではなく潤んだ瞳と上気した肌で家康を見上げれば、眉間に皺を寄せた顔が覗き込んでいた。

「参ったな…」
「なんだ」

返す言葉も掠れて弱弱しい。

「そんな目で見ないでくれ」

我慢できなくなる。
耳朶に唇が触れると熱い吐息とともに滑り込んでくる雄の香り。
突っ張っていた爪先に力が入って家康に寄せられた体が震えた。

両腕に囲まれた狭い空間で、耐えきれなくなったように唇を寄せた。触れるだけでは物足りなくなって舌を差し出せば、一瞬と空かずに口腔に迎え入れられ、逆に舌を捕えられて他人の温度が口腔を這い回る。
不自然な格好のまま角度を変えて舌を絡めれば、本来体重を支えるべきでない部位が痛みを訴えたが今更止まるはずもなかった。
舌の付け根まで絡めとられて、息苦しさに鼻から甘えたような音が抜けた。口から零れる水音も、漏れ出る声も、すべて耳障りだった車輪の立てる音がかき消してしまう。
相変らず家康の太腿は三成の内腿に触れていて、車両が揺れるたびに際どい部分を擦っては離れていく。
緩やかな刺激は拷問に近く、接吻けに溺れながらも無意識に腰を揺らしていた。

不意に家康の顔が離れて、追いかけた舌と透明な糸で繋がる。
下ろしていた瞼を上げ蕩けた瞳で不満を訴えるが、困ったような笑顔で指を一本立てると、赤く色付いた唇にそっと這わせた。

その仕草で、一気に外部の情報が流れ込んでくる。
揺れる車両はまた停車駅が近付いたのか、遅延と混雑を詫びる独特な声色アナウンスとともにその速度を落として乗客は右に左によろけている。
ここがどこだったのか、何をしていたのか。あまりのことに眉を顰めるどころではなく、体中の血液が一気に顔に集まった。


ゆるゆると見覚えのあるホームが窓の外に近付いて、一層大きく揺られるとドアの開く音と同時に乗客が一気に外へ向かって流れだす。
その流れに乗って、赤くなった顔を隠す術もないままに車両の外へと追い出された。
ホームには人が溢れていたが、改札を抜けてしまえばある程度人が捌けていく。
急に開けた視界と楽になる呼吸。ようやくまともに息が出来るようになった気がして、力の入っていた肩を下ろした。普段の自分を取り戻したように足早に会社へと進む。その後を慌てて家康が追った。

ビルの自動ドアが開けば冷気が頬を打って通り過ぎていった。うっすらと汗ばんだ肌が急激に温度を失っていくのを感じる。
何人もの社員が行き交うロビーで社員証を手にセキュリティを抜けると、職務を全うすべく部屋へと歩調を速めた。しかし、腕を掴んだ掌が三成の歩みを止める。
三成の背を追っていたせいで、息も上がり上気した頬が赤く染まっている。

「ちょっと、いいか」

掴まれた腕から熱がじわりと伝わる。先ほどまで触れていた熱が一瞬にして蘇る。
雄の気配が色濃い瞳に射抜かれて、思わず唾を飲み込んだ。
撥ね退けようと開いた口から言葉は零れず、ただ引かれるままに人気のない方へと連れて行かれた。


普段ならば既に席について仕事を始めているというのに、今日はギリギリまで席に着けそうもなかった。














君の瞳に恋してる!

実際車内にこんなんいたらはっ倒したくなりますが。

110616