※現パロ+転生
三成と吉継の二人が「再会」を果たしたのは、預けられた児童養護施設でのことだった。
経済的余裕のない家庭に生まれた三成は、五つになろうという頃栄養の行き渡らない体で施設に連れてこられた。
虚ろな瞳は焦点を合わすことなく宙を見つめる。満足に食事を得ることのできなかった体はあまりに小さく、施設にいる年下の子供たちよりも一層小さい。
三成よりも先に施設へ預けられていた吉継は、その姿を見つけるや否や、その腕で細い体を抱きしめ涙した。
見ず知らずの少年に突如抱き竦められ、抵抗もできない子供が憐れだった。
これ以上力を入れてしまえば折れてしまうかもしれない。骨と皮だけに近い体は幼子特有の柔らかさを微塵も感じさせず、憐憫と怒りの混ざった感情が込上げてくる。
――ああ、御仏はこれほどまでに無慈悲でいやるのか。
あれほどまでに傷付けられ、粉々になった無垢な魂は、またもその身を不幸の中に置いていたというのか。
涙に濡れて霞んだ視界に伸ばされた細すぎる手を、強く握る。
ぎょうぶ、と。ほとんど聞こえない声で吉継を呼んだ子供に、二度とこの魂が手折られぬよう、信じてもいないはずの神に祈るしかない我が身が憎かった。
夜中にすすり泣く声が漏れてくることは、決して珍しいことではない。
年端もいかない子供たちが親と離れ、子供ばかりで夜を明かす。例え夜が明けたところで親の顔を見ることができないと分かれば、静寂の中で嗚咽が零れるのも無理はないだろう。
その中で闇を劈く悲鳴だけが、やはり異質だった。
月明かりもない闇夜を切り裂いて、その声は響き渡る。しばらくすれば慌ただしい足音が廊下を抜けていく。
扉を開いた瞬間、一層悲鳴が大きく響いた。
「ころしてやる…ッ、ころし、て…!」
すぐに扉は閉じられて、声は薄い膜に包まれたようにはっきりと聞き取れなくなる。ただ、その声には憎悪と殺意がありありと浮かんでいて、おおよそ五歳にも満たない子供の発する声ではなかった。
吉継はベッドから抜け出すと、ゆっくりと扉を開いた。
同室者が三日前に施設を出たことと、最年長ということもあり、一人部屋で過ごしているため同室者に気を使うことはない。
夜間に部屋移動は厳禁と言われていたが、今は非常時ということでお咎めなしになることを祈る。
裸足のままで声のする方へと脚を進める。段々と近くなる声に、知らず歩調が速くなっていた。
扉を開けると、一層呪詛の言葉は大きく響いた。吉継が部屋に入ったことにも気付かず、大人二人がかりで小さな子供を傷付けないよう抑え込んでいた。
細い四肢を精一杯振り回しながら叫ぶため、手の甲を壁やベッドの柱に打ちつけたのだろうジワリと赤い色が滲んでいる。
まるで、体内から湧きあがる憎しみを表層に表すかのように。
何度も名前を呼んで正気付かせようとしているが、全ては徒労に終わる。
何ということはない、この状態が「正気」なのだ。
「三成」
悲鳴と悲鳴が混じった空間に、吉継の声が割って入った。
ようやく大人たちはいつの間にやら吉継がこの部屋を訪れていたことに気がついたのか、咎めるように口を開こうとして、動きを止めた三成に気を取られた。
「ぎょうぶっ」
勢いよく飛び起きて吉継の足下に転がり出る。
「ころされる、ころされてしまう!ぎょうぶ、だからわたしは、はやく、やつのいきのねを、とめなければ!」
矢継ぎ早に訴えられるのは憎悪と恐怖の籠った言葉。
状況を飲み込めず呆然とする大人たちを脇目に、細い体を両腕で抱き上げた。
「そうよな、三成。あれを殺すは主にしかできぬ。しかし、主のその体で何が出来る」
「しかし、」
「いずれその時は来よう。今は休め、ゆるりとなァ」
ぽつりぽつりと、ゆっくり話してやれば業火を抱いた瞳は瞼に隠されて見えなくなった。しばらくそのままでいれば、小さな寝息が聞こえてくる。
元の静寂を取り戻した部屋で、安堵の息が床に落ちて行った。
「三成は、我の部屋で引き取ろう」
有無を言わせぬ空気は、義務教育も終わらない少年が持つものではなかったが、大人たちは迷うことなく首を縦に倒した。
誰をも受け入れているようで、誰にも心を開かない少年に、新しくやってきた気の難しそうな少年が一も二もなく懐いた。
不可思議な光景ではあるが、どこかでそれにほっとした。
大人たちが本心から三成に気を配ってくれているのはわかっていたが、吉継は誰にもこの場所を譲る気はなかった。
今度こそ、この手で護りきってみせる、と。
幼い手を取り合い、必死に生きた。
なにせ、ここには余裕がない。
善良的な施設だと言っても財源が無限に存在するわけもなく、子供たちはいつでも空腹と不満を抱えたまま過ごしている。
二人が秀吉と半兵衛に「再会」したのは、三成がやってきた数ヶ月の後だった。
手にしていた絵本を投げ出し、吉継の制止も聞かずに三成は駆け出した。ようやく人並みの運動量に耐えられる程度まで回復したばかりだったので、吉継の声にも焦りが混じる。
慌てて追いかけた小さな背中の目指す先に見覚えのある姿を認め、足を止めた。
記憶にあるよりも幾分若々しい姿で、二人はいた。
駆け寄ったはいいものの、抱きつくでも声をかけるでもない子供に、青年は目を見開いた。そして、体躯に見合う大きな掌で三成の頭を撫でると、躊躇いなく細い体を抱き上げた。
「遅くなってすまなかったな、三成」
その目にはかつて見た、他者を威圧する色は窺えず、ただ慈愛に満ちていた。
隣に立つ痩身の青年は、立ち尽くす吉継に気がついたのか徐に手を挙げ、名乗ってもいないはずの名前をいとも簡単に呼ぶ。
「やあ、吉継君。元気そうでなによりだ」
病に身を窶して斃れた彼は、相変わらず色の白い肌をしていたが病の気配は感じられず。やはり巨漢の青年同様慈愛に満ちた視線で吉継を見つめていた。
それからというもの、二人の生活環境は一変した。
ぼろ雑巾のような生活をしていたわけではないが、食事も着る服もすべてが一流の物となり、吉継は諦めていた高校を卒業することができた。しかも一流の環境で。
なぜ、こんなにもよくしてくれるのか、と。吉継は思い切って尋ねてみたことがあった。
弱冠二十歳で起業したとはいえ、大学生という身の上の二人だ。有り余る金にものを言わせて吉継と三成の二人を引き取ったは良いものの、触れ合う機会などほとんどないと思っていた。
その考えは幸運にも外れ、ほとんど毎日揃って食事をとる日々が続いていた。
「あんまりにも君が世の中を疎んじた目でいたから」
と、里親となった青年はその美貌を歪めて笑んだ。
「君たちがそんな風になってしまったのは、やはり僕らのせいなんだろうね」
どこか遠くを見るようにして視線を外した半兵衛に、遠い記憶が蘇る。
病に身を蝕まれ、彼が若くしてその命を散らすと、時代は大きく動き始めた。
「いいえ、そうではありませぬ。すべてはやはり、」
家康のせい。
落した声は二人分だった。
悪戯っぽく見上げる半兵衛に、驚いて目を見つめる。その声には、どこにも怨恨が籠っていなかった。
夢半ばにして彼が斃れた後、秀吉が討たれたことを知らないのだろうか。そのれを受けて三成がその身を賭して仇討に奔り、そして。
いや、彼はすべて知っているのだ。すべて知ったうえで、すでに新しい世界が始まっていることに気付いているのだ。
暫く見つめあい、二人して抑えきれない笑いに肩を震わせた。それがやがて大きな笑いとなって、いつもの引き笑いが響き始めた頃、稚い声が帰宅を告げる。
それを二人して笑顔で迎えた。オーダーメイドの制服で身を包み、黒々としたランドセルを背負った姿は、施設にやってきたばかりの貧相な体からは想像もつかない。
今日は二コマしかとっていないと言っていながら八つ時を過ぎても帰ってこない官兵衛はさておき。
夜が深まれば、巨大な体を揺らして家主が帰宅する。その体に駆け寄って、三成は溢れんばかりの笑顔で浮かべるのだ。
人に言わせれば当たり前の日常が、驚くほど幸せだった。
吉継と三成の再会からの豊臣一家再会編でした。
官兵衛ェ…
この時点で、三成9歳、吉継19歳でした。
官兵衛は吉継と4つ違いだけど、大学で同窓というミラクル。
で、ここからリーマン家三シリーズに続くわけです。そら刑部も小姑になりますよ
20110904(初出20110801〜4)