※没落貴族吉継と成金豊臣家養子三成(幼児)
※大体10歳差くらいだと思われ
※吉継没落貴族設定は生きてない←





それなりに地位と富のあるこの家には、新たな公演の演目が決まると馬車に揺られて劇場のオーナーが報告にと訪れる。
以前はこのようなこともなかったようだが、家主がこと芸術性のあるものを好むのをどこかで耳にしたのか、演目が決まればすぐにやってきては報告していく。そこで得られる投資金が目当てであろうが佐吉にはそれすら物珍しく、こっそりと開いた扉からオーナーの語る舞台内容と養父らの反応を窺うのを楽しみにしていた。

その日やってきたオーナーが口にした演目名は幼い佐吉ですら耳にしたことのある名前だった。
それよりも心をひかれたのは、それを心待ちにする養父らの楽しそうな姿。
彼らが好むものは一つでも多く共有したいと、幼いながら常に心がけている。だから、弾む会話につられて口から零れただけだった。
ひとり言のつもりでぽつりと落とした声は、思いがけず隣に並んだ耳に拾われていたらしく「では我と共に参ろうか」と声をかけられた時には、驚愕で肩がぴくりと弾んでしまった。
見上げた顔は包帯が巻かれてはいたが楽しげで、何度も頷くことで諾の意を伝えればより一層楽しそうに笑む。
ではあちらで午後のティータイムといたそうか。
そう言って、そっと手を差し出してくる青年の手を、満面の笑みで取ったのだった。


それが、三月前のこと。


「佐吉様、佐吉様お止めください!危のうございます!」
「佐吉様のお好きなお菓子もご用意いたしました、どうぞ降りていらしてくださいまし!」
女中の声が耳を掠めたが、フンと鼻を鳴らし、さらに高い枝へと腕を伸ばした。足を幹に引っかけて危な気なく昇ると、脇に伸びた太い枝へと腰を下ろして慌てる女中を見下ろした。
ふわりと広がるスカートは幾重にも重なったレースが縁取る。スカートに隠れるドロワーズから覗く脚は小枝のように細く、真白いタイツに包まれてはいるその肌は同じように白い。ただ、そのタイツは木に登る際に汚れてしまっていたが。
膨らんだ袖口からも同じように細い手首が覗く。柔らかな手指は木の表皮を掴んだせいで大分汚れているが、このぐらいいつものことであったので、今更何とも思わない。

屋敷の周囲には木登りに最適な木がいくらでも生えていたから、佐吉の最近の趣味は木登りであった。ただし、女中や執事に見つかるとすぐに止められ懇々と説教されるのでこっそりとした趣味だ。
今は商談で海外に渡航している養父らが帰国したときに成長を見てもらおうと、屋敷の周囲で最も高い木に登れるよう努力している。
しかし、待てども待てども養父らは帰って来ず、養父が渡航するひと月以上前から旅に出ている人物など電話一つ寄越さない。養父らは毎晩のように佐吉が眠りに着く前に電話をかけてくるというのに、一切声を聞くことなく三月を過ぎようとしているとはどういうことか。
腹立ちまぎれにブーツを履いた脚をぶらぶらと揺らせば、2メートル近く離れた地上から一際大きな悲鳴が響いたが、佐吉がそれに気をとめることはなかった。

共に観ようと約束していたオペラの公演は、ついに昨日千秋楽を迎えてしまった。
はなからオペラに興味があるわけではない。この年でオペラを見たところで、煩雑な内容は理解できるはずもなくおそらく話半ばを迎えることなく夢の世界へと旅立っていたことだろう。
ただ、共に、同じ場所へ、出掛けることが重要だったのだ。
それなのに、共に出かけると約束した相手は遠い海の向こうから詫びの印にとドレスを一着贈って寄越しただけで、電話すら掛けてこない。
例え頭に血が上っていようと、口八丁手八丁いつものやり口で佐吉を言い包めるなど造作もないことのはずなのに、それさえせずに贈り物で済まそうというところが腹立たしい。
ドレスとともに包まれていたカードには、オペラの公演中に戻れないことを詫びる言葉も、近いうちに必ず戻ることも書いてはあったが、子供の癇癪がそれで納まるはずもなく。
公演が終わった翌朝徐に贈られたドレスを身にまとうと、屋敷の周囲で最も高い木に登ったのである。


「やれ、我の姫君はどこに行きやった」
不意に聞こえてきた声に、思わず見やれば待ち焦がれた青年が佐吉の登った木に向かって歩んできていた。実に三月振りに目にした姿である。
女中らが安堵の色が混じった声で吉継様、と助けを請うように彼の名を呼ぶ。
「自室におらぬゆえ探しに来てみれば。姫は見つからぬが、子猫めが枝に登って降りられなくなったと見える」
どれ我が受け止めてやろ、と腕を広げて佐吉が身を下ろすのを待つ。
佐吉はというと、久しぶりに会った吉継に飛びつきたくもあるが、三月も連絡を寄越さない男など知ったものかという気もあり、不安定な木の上で葛藤していた。それに、本当は吉継の手など借りずとも一人で降りられるのだ。ただ
「ああ、脚が竦んで飛び降りることもできぬか」
そんなふうにニヤリと笑われては、吉継の思惑通り腕に飛び込むほかないではないか。
枝から身体を浮かせればスカートの裾と、女中の声にならない悲鳴が広がる。
広がったスカートの裾に視界を奪われ、吉継の姿が隠れた次の瞬間には、思惑通りに事が運び満足そうな吉継の腕の中にと抱えられていた。
「随分と愛らしい子猫であるとは思っていたが我の姫であったか」
分かり切っていることをあえて口に出し、くつくつと笑う。
「てっきり我の姫君は木に登りすぎて子猫になってしまったのかと思うたわ。それでも構わぬがな。ほれ、にゃあと鳴いてみやれニャアと」
片腕でバランス良く佐吉を抱えると、空いた一方の手でこれみよがしに喉を擽ってきた。それを不機嫌に撥ね退け、そっぽを向く。
まだ「おかえり」の一言すら発していない。
そんな佐吉の態度に表情を改め、深く溜息をつくと佐吉の怪我を確認しようと周囲で騒いでいた女中らにひらりと手を振って追い払ってしまう。
「ここは良い、主らは姫の新しいドレスを用意して参れ」
一度曲がった臍はどうせしばらく戻らない。女中らが何か言ったところでおそらく佐吉は怪我の手当てなど退けるだろう。
だったら、佐吉の扱いにおいてはプロフェッショナルともいえる吉継に預けた方が無難である。
お互いにそれを理解しているので、女中らは頭を下げると屋敷の中へと戻って行った。
残されたのは、ふくりと頬を膨らませた佐吉と吉継だけである。

「やれ佐吉、主の愛らしい顔をよく見せてはくれぬのか」
顔を覗きこめば、また首を捻って吉継の視線から逃れる。
吉継の腕の中なのだから強引に体勢を変えてしまえば膨れっ面も拝めるだろうが、そんなことをしては一週間ばかり口を利いてもらえないだろう。
一度似たようなことを実行に移したときに、案の定口をきいてもらえないばかりか姿さえ見せないように逃げ回られてしまった。
意地っ張りな吉継の姫は決して自ら折れたりしないが、酷く落ち込んでどちらが悪かったのか分からなくなるくらいなので、二度と面白半分にはやらないことにしている。
わざとらしく大きく溜息をつくと、腕の中で小さな身体が震えた。
「急ぎ戻って参ったが、遅参した我の顔はもう見とうはないか、しばらくはこちらにいられるというに悲しいカナシイ」
実のところ、吉継が屋敷に滞在する期間は長くはない。留学やら商いやらで年中国内国外の至る所を旋転していては屋敷にいる時間も短くなるというもの。
それらは全て佐吉のためを思った半兵衛の差配であり、吉継自身も望んだことではあったが幼子にそれを理解しろというのはどだい無理なはなしだ。
「本当か!」
「本当よ、ホントウ」
一瞬にして腕の中の幼子は頬を紅色に染め、花が綻んだように笑みを浮かべる。しかし、歓喜を相手に悟られぬよう、すぐにその笑みを引っ込めて眉間に皺を寄せると吉継の肩に顔を埋めた。
銀色の髪から覗く耳が赤く染まっていて、見せない表情の代わりにその喜びを分かりやすく伝えてくる。
「だったら…許してやる」
くぐもった声が耳を擽って吉継は包帯の下で頬の筋肉がだらしなく弛緩していくのを堪えられなかった。
















Kiss Your Little Hand,My Lady

わがまま言って困らせる佐吉も可愛いよねって思ってたらこうなってた

作中で姫姫呼ばれてたりドレス着たりしてますが、佐吉は男の子ですよ。もちろん。
あと吉継が公演に間に合わなかったのは、椿姫を観に行くと言ったらそんな悲劇みせるなんてまだ早い!と保護者らが言い張ったせい。吉継のせいじゃないよ。

このあと吉継がお家復興に力を入れるため家を出たり、秀吉と半兵衛が不慮の事故で亡くなり借金を抱えることとなって三成が売られそうになったところを吉継が迎えに来たりと考えてたんですが、書き起こす気力がなかったので終了。

 

20111015