ほんの僅か触れていた唇が、小さく音を立てて離れた。
一呼吸つく間もなく再び厚い唇が政宗の薄い唇を覆った。
下唇を食み、食いしばった唇を開こうと温度を持った舌が歯列をなぞる。
何度も繰り返される間、唇が離れることははく。息苦しさに口を開きかければ、そこから他人の体温が入り込んでくる。
思わず身体が震え、抗っていてた腕をさらに強く押し付けるも吐息さえ奪うような荒々しさに、終いには縋るような形で相手の袖を弱々しく握るしかなかった。

いつの間に追いやられたのか、壁についた背中が自身の身体を支えてる。
つい先ほどまでは部屋の中央に座していたというのに、一体なぜかと薄ぼんやりと膜の張った頭で考えて見ようにも、意識は全てが口腔へと持っていかれてしまう。

絡み合う舌が水音を立て、聴覚を攻め立てる。
逃げ惑う政宗のそれを追いかけ、絡めとっては吸い上げ翻弄する。それでも涼しい顔を崩さない相手を憎々しく思う。
内側から頬を抉られ、喉の奥までもを犯すように自由に動き回るそれは、最早別の生き物なのではないかと考えてしまうくらいには常の相手の行動に相応しくなかった。

開けたまま閉じることを許されない口の端から、どちらのものともつかない唾液が伝う。
それを拭うことも許されず、ただされるがままに愛撫ともいえる口付を受け入れていた。
水音に混ざって小さく声が漏れる。それは鼻にかかって甘い響きとなって相手の耳をくすぐる。
声を抑えようにもその口は支配されており、抑えようにも口を塞ぐことさえ許されず。

ただ、歯列を裏からぞろりと舐めあげられると、もうだめであった。


突然、体勢が崩れた政宗に驚き、離さないようにと掴んでいた腕に力を入れる。
壁伝いに身体がずり落ちていく政宗の顔を覗き込もうとすれば、先ほどまで兼続の袖を掴んでいた震える手が兼続の顔を押しのけようとする。その手にはほとんど力が入っておらず、防御壁にもなりはしない。
俯く小さな頭は細かく震えて、揺れる髪から覗く耳は驚くほど赤くなっていた。

「どうした、山犬」

返事は無い。
沈黙は政宗の荒い息を隠してはくれない。

「なんだ、接吻だけで果て、」
「そんなわけあるか、馬鹿め」

兼続の言葉を遮り睨み付ける目は水分が覆っており、目元が赤い。
吸い寄せられるようにそこに唇を寄せようとした兼続の端正な顔を、先程よりも力の入った拳が襲う。

だったら何なのだと、痛みを堪え見据えれば、小さな呟きが落ちる。
しかしあまりの小ささにそれは兼続の耳に届く前に空気に溶け消えた。

「聞こえん、何だ」

「・・・・が・・・、」

言い渋る政宗の声を聞き漏らさぬよう、顔を近づける。


「・・・腰が、抜けて、立てんのじゃ・・・・・・馬鹿め」

全身の血が顔にのぼってしまったかのように赤くなる政宗に、つられて兼続の顔にも色がのる。

馬鹿め、と繰り返す唇は先ほどの余韻で未だ赤く、潤って兼続を誘い込む。
口の端からこぼれた唾液を拭おうと政宗が袖を寄せようとするのを阻み、唇を寄せた。

頤から舐め上げ、そのまま唇に音を立てて口付をすれば、苦々しい表情をした政宗が目の前にいた。
今度は体勢が崩れることが無いよう、ゆっくりと畳に押し倒し、再度唇を覆った。














きみのせい

ほんとにちゅーしてるだけ
兼続はキスが上手いと思う

 

20110509(初出 20080620)