川沿いを歩く。前を歩く背中は大きくて、同じ男として嫉妬を抱く。
最も、それは孫市に限った話で、ほかの男ならば嫉妬よりも羨望を抱くのかもしれないと考える。
それこそ、この金髪で大柄すぎるほどのこの男を知っているからなのかと、歯噛みする。

遠くから響いていたはずの車のエンジン音や、車輪が線路を擦る音が随分と近くに聞こえる。
かすかに視線を上げれば、高架橋が日差しを遮るようにしてそびえていた。
孫市をたまに振り返る慶次の声、が高架橋に近付けば近付くほど騒音にかき消されて小さくなっていく。
それでも孫市は慶次の隣に並ぼうとは思わない。
二人が並べば、どんなに孫市が平均以上であったとしても小さく見えてしまう。
ちっぽけな意地だ。

歩を進めれば足元で石が鳴る。大小様々な石で、足元が不安定に揺れる。
女たちの足元を飾るヒールの高い靴であれば、足首をひねってしまうかもしれない。
だとしたら、自分は彼女等の腰に手をやり、エスコートするべきだろうと現実にできもしないことを考える。そもそも時間が無い。
今だって、〆切明けに項垂れていたところを無理やり慶次に連れ出されたところなのだ。
先ほどから欠伸がとまらず、前を歩く背中がたまにぼんやりとぼやける。
いくら日差しが弱くなってきたからといって八月の熱は身体に堪える。寝不足でろくな食事もとっていない状態ならば尚のことだ。

間近に思えていたのに、高架橋の下にたどり着くまでに随分と歩いたような気になっていた。日差しを遮ってくれる存在が心底ありがたい。
今まで直射日光の下にいたせいか、目を閉じればくらりとして視界が歪む。
歪んだ世界で金色を探せば、いつの間にか立ち止まり孫市を振り返っていた。
その表情に眉間を寄せる。

「   、」

慶次の口元が、大きく動き白い歯が覗く。
声にかぶさるように頭上を車が通過していく。

「きこえねー」

「     、だって」

「きこえねーってば、」

「だーかーらー、」

何を言っても、止まる事の無い交通量が慶次の言葉を潰す。
一端だけが聞き取れるが、それで理解ができるはずもなく。まさか読唇術が使えるわけもなく、慶次の言葉は伝わらない。

貨物列車が通過するような騒音が、頭上を通過する。風勢が髪を乱して、寝ぼけた頭以上に視界を邪魔した。

ゆっくりと近付いてくる慶次の足音など聞こえるはずも無いのに、一歩一歩孫市に近付いてくる音が聞こえてくる。

今、慶次の声を遮る車両が通り過ぎてしまえば何事もなかったことにできるのに。

気付いたら、目の前に虎がいた。
いや、こんなに慈しみをこめた視線を送る猛獣がいるだろうか。


「すきだよ」


囁きが耳元を掠める。
低い声は確かに、ケモノの。
雄の声だった。


足元が揺らいだのは、慌てて家を飛び出すときにつっかけたサンダルのせいだ。
凹凸の激しい、石たちのせいだ。
決して、決して、目の前の男のせいなどではない。

金色の髪が孫市の顔を擽る。それに首をすくめれば、気付いた慶次が口元に小さく笑みを浮かべたことに気付いた。

近付く、顔。


小さく音を立てて離れた唇は、孫市の額から。

丁度騒音が止んだ日影の下、叩き潰すような高い音が響いた。

赤く残る手形と、同じくらい赤く染まる顔と。














絶対認めてなるものか

慶孫政親子設定の慶孫だったり

 

20110614(初出 20080901)