※家三豊臣同僚時代
※家康が酷い男です。家康がお好きな方にはお勧めできかねます
※暴力的な性的描写を含むため、18歳未満の方はご遠慮ください










名前を呼ばれた気がした。
浮き上がる砂塵に混じって誰のものともしれない断末魔がそこには満ちていて、わずかに聞こえた、悲鳴にも似た己の名前に一瞬気を取られたことをいっそ不思議に思った。ただ、その疑問も一瞬。振り返った視界を覆う黄金色の影に、噴き上がる鮮血に、崩れ行くその身体に、息が詰まった。
ゆっくりと倒れていくように見えたその体は、三成の細腕に支えられることなく荒れた大地に伏す。肩から流れる赤が大地を染め、黒い染みを広げていく。
戦場の真ん中。こんなところに伏していればすぐに首を取られる。そして、そんな無様な最期を遂げようと、三成にそれは関係のないところだったはずだ。それなのに、伏した身体から目が離せない。
動きを止めた三成に、ここぞとばかり矛先を向けてくる雑兵を切り捨てては背後で動かないその姿に目を向ける。
死兵にも見えるそれは、目下矛先が向けられるわけではないのだろうが、出血が多い。それに、身体を崩した先で鈍い音がしていた。もしかしたら頭部を打っているかもしれない。
戦場での高揚とはまるで違う。寒気のような震えが足元から襲った。
奥歯を噛み締めては向かってくる敵を剣先で薙ぎ払う。喉元から噴き出る鮮血は地に転がったままの身体から零れたそれよりも大分多いものであったが、それに心を揺さぶられることはない。
主君から与えられた命は敵大将首の奪取。しかし、今の三成は雑兵を蹴散らすことに必死で、その場から動くことすらできない。
これは主命に反する行為だ。今すぐにでも横たわった身体を放置して主命を遂行しなければならない。それなのに。
「くそッ…貴様、さっさと目を開けないか!」
三成の願いも空しく、なかなか勝鬨の上がらない戦況を訝しんだ半兵衛が吉継を三成の元に奔らせても、その目が開くことはなかった。


 

 

(中略)

 

 

 

布が摺れる音が暗闇に広がる。指先が布団の端を這って爪を立てた。
最初の夜に縛られた跡は数日が過ぎても消えることがなかった。それを見て眉を顰めた家康は、以来腕を縛ることをやめた。
自由な腕は抵抗するわけでもなく、布団の上を彷徨う。その手を背に回すよう促されたこともあったが、三成の背を護っていた背中だと思うと爪を立てることも憚られ、結局白い海へと投げ出されたままにしている。
代わりに、三成の背中にはいくつもの花が咲いた。赤黒い、口付の痕だ。
目につくところに痕をつける危うさを察したのか、人目につかない位置に痕を残されることが多かった。たとえば、背中であったり、足の付け根であったり。
痕を残すと、決まって家康は嬉しそうに笑うのだ。過去にも目にしたことのない、無邪気な笑顔で。
「みつなりッ、みつ、なり…ッ」
腰を打ちつけるとともに、三成の名を何度も呼んだ。
その声で、私の名を呼ぶな。
その手で、私に触れるな。
その目で、私を見つめるな。
何度、口からこぼれそうになったことか。
しかし、それを告げれば二度と「家康」は帰ってこないような気がして、口からこぼれるのは喘ぎにも似た吐息だけだった。

「三成?」
肩が震えた。丑三つ時に井戸で水を浴びていれば、背後から聞き慣れた声がした。
「かような時刻にどうしやった…三成?」
桶を掴んだ指から力が抜けない。肌を曝したままではこれまでひた隠しにしてきたすべてが露呈してしまうのに、緊張からか身体が動かずに近寄ってくる友から離れることすらできない。
三成の尋常でない様子を悟ったのか、表情に剣がある。
「…これは、」
「違う、刑部、ちがうんだ」
見開かれる瞳に、すべてが手遅れになったのだと知る。
「徳川か」
「違う!」
「我をごまかしきれると思うてか。違わぬであろう、なぜあやつを庇う!」
「ちがう、ちがうんだ…『家康』ではないんだ!」
足から力が抜けて、地面に膝をつく。詰め寄っていた吉継の袂を掴んだまましゃがみ込めば、足の強くない吉継もともに崩れるように地に手をついた。
「頼む、刑部…『家康』を、殺さないでくれ……」
小さく訴える声は、袂を掴んだ指先同様、細かく震えていた。
三成の身に何が起きていたか、薄々感じていないわけでもなかった。
急に吉継と距離を置いたことも、昼日中の不自然な家康との距離も、夜中の水垢離も。
それでもいつか、三成自らが訴えてくるものと信じていた。だからあえて口出しはしなかったのだ。
―――それがまさか、このような理由だったとは。
「あいわかった、三成。徳川は殺さぬ」
「…本当か」
今にも決壊しそうなほどに雫を湛えた瞳が、吉継を見つめた。
暗闇の中で輝くそれは、吉継にとって光であった。
「我が主に嘘を申したことがあったか?」
「…疑う、余地などない」
「そうであろう。よいヨイ、主はちと休め」
肌蹴た着物を直し、吉継が羽織っていた上着をかけてやり、背中を撫でてやれば、包帯越しの掌からでも震えが伝わってきて。やがて手の動きは嗚咽となって流れ落ちることを促していた。
「…ぃ…やす…、いえ、やす…ッ」
次々にこぼれてくる涙は、吉継が背を撫でるたびに込み上げてきて、とどまるところを知らない。ずっと堪えていたものが決壊したように、喉から吐き出すのは恋しい男の名前ばかり。
他人のことなどどうでもよかったはずなのに、今誰よりも「家康」に逢いたい。
そうして初めて、三成は家康を恋しく思っていることを知った。















そうとう三成は家康の事が好きらしい。
おいしいところをかっさらっていく刑部 。

110410発行