※現代パラレル
※家康と三成の他に竹千代と佐吉がいます
※兄弟のようで兄弟でないような曖昧な関係
※こどものひのおはなしだよ!(現在:2011,06,15)











いつもはみかんや煎餅が点在する机には、所狭しと豪華な料理が並べられていた。
マグロの刺身に鳥の唐揚。色鮮やかなサラダに、オレンジジュース。
以前竹千代が上手いとこぼした筑前煮まで並んでいる。
そして、香ばしく鼻を擽る海老フライ。

「海老の天ぷらでは、ないのだな…」

目を輝かせて佇む子供たちの隣で、悄然と呟く。
祝い事は天ぷらで育ってきた家康としては、今日という日も当然天ぷらだと思っていたので、机に並んだ海老が纏う衣が茶色かったことに拍子抜けした。

「主のための席ではない故なァ」

我慢しやれ、と目を細めて家康に視線を向けた吉継の手には黄金色に輝く出汁巻き卵が湯気を上げていた。
そういえば、先日幼稚園からの帰り道で佐吉が興奮気味に「ぎょうぶのだしまきは『かてんいっぴん』だ!」と、若干間違った日本語で褒めちぎっていた気がする。
現に、机に現れた出汁巻きに「だしまきだ!」と小さな顔いっぱいに喜色を浮かべている。

「…いや、いつも祝いの席は天ぷらだったからな。そういうものなのかと、」
「ワシはエビフライのほうがすきだ!」

このままでは、ただの好物が出なくて拗ねる男になり下がってしまうので、慌てて弁解を図るも竹千代がそれを遮った。
だから嬉しい!と言って笑う竹千代の頭をそうかそうかと吉継が撫でる。

「佐吉は…」
「さきちは、ぎょうぶのりょうりはぜんぶうまいからみんなすきだ!」

邪気ない笑顔が眩しすぎる。
滅多にこんな表情拝めない恋人に瓜二つな佐吉を前に、家康はちょっと心が折れそうだった。

「やれ、嬉しいことを言うてくれるなァ」

今度は佐吉の頭を撫でながら吉継は引き攣るような声で笑う。
日射しが差し込む部屋に笑顔が満ちていた。

「刑部、これはどうしたらいい」

台所から顔を覗かせたのは、佐吉と瓜二つなのに柔らかい笑みを浮かべることのない三成だった。
普段目にすることのないエプロン姿に、佐吉や竹千代の笑顔とまた別の意味で目が眩む。
紺地のエプロンに点々と白い粒が付着しているのは、恐らくその手に握られたしゃもじから割り出される通りちらし寿司を作っていたせいだろう。

「小皿を出しておいたであろう、そこに置きやれ」
「ああ、あれか」

思い当たる節があったのか、すぐに踵を返そうとする三成と目があった。
珍しい姿を目に焼き付けておこうと凝視していたのがばれたのかと思ったが、そうではないらしい。
しかし、向けられた視線は実に冷ややかだった。

「何か言いたいことでもあるのか、木偶の坊」
「でく…?!」
「何もせずに突っ立ているだけなんだ、木偶の坊で十分だろう」
「やれ、主らは木偶の分までたんと食べるがよいヨイ」
「ほんとうか!」
「さきちはだしまきをたべるぞ!」

三成の言葉に悪乗りした吉継の発言に、竹千代と佐吉がぴょんと跳ねて喜ぶ。
木偶の坊の意味はわかっていないのだろう。わかられていたら悲しくてとてもやりきれない。
しかしあまり調子に乗せてたらふく食べさせてしまうと後で呻くのは目に見えているので、竹千代は小突いておこうと思う。

そもそも、木偶の坊と罵られても、ここについたのは今し方のことだ。
大体、今日このような催しを行うことを知ったのが三成と佐吉が手を繋いで家を訪ねてきてからだったりする。
どうやら竹千代から家康に伝えるからと三成を口止めしていたらしいが、見事に忘れられていたらしい。
どうりで別れ際にもの言いたげな視線を向けられていたわけだ。
うっかりときめいていた自分を罵りたい。
部活に出るつもりで部室の鍵を預かっていたせいで、一度顔を出さねばならず。
慌てて自転車を飛ばして往復したのであった。

こんなことなら買い物に出されている官兵衛と合流するべきであったかと思ったところで後の祭り。
ふらつく足で台所に顔を出せば「でかい図体が邪魔だ」とか「味付けに余計なことをしてくれるな」とか辛辣な言葉が飛んできて、大分心が痛んだ。
三成よりは料理の腕が立つ自信があるので、台所に入れてもらえないのは不服、というより不安だ。
三成は不得手とか苦手ではない。料理ができないのだ。

三成と佐吉の住まう部屋のキッチンは使った形跡もほとんどなく、家康が初めて足を踏み入れた時も驚くほどに輝いていた。
二人の通う幼稚園が給食制度だったので、気付かなければ朝晩の食事がコンビニ食とレトルト(それからごく稀に吉継の手料理)という独身男性まっしぐらな食生活で佐吉が形成されるところであった。
いくら自分の食事に興味がないといっても、幼子の食事を添加物に塗れにするのは発育上よろしくないと叱責したところ、何がどうなったのやら、三成と佐吉の食生活を支えることになっていた。

なんでも今の住まいに居を移す際、包丁を持つな、火は使うなと散々言われていたらしく。
それを一途に守っている三成はいじらしくもあるが、包丁を握らせた直後握った右手を怪我した姿を目にしては正しい判断だったとしか言いようがなかった。

台所には吉継もおり、滅多なことなどないだろうとはわかっていても、やはりあの惨劇を目にしているので心配ばかりが募ってしまいつい台所の入口をうろついてしまう。
「主はいつから冬眠から覚めたばかりの熊になりよった。穴熊は一頭で十分よ、ジュウブン」
「しかし、心配でなあ」
穴熊とは暗に官兵衛のことを指しているのだろう。軽口を交わしながらも吉継の手元ではものすごい勢いでキャベツの千切りが山をなしている。
業務用に同じような速さで千切りを作る機械があった気がしたが、深く考えないでおくことにした。
何人分の量だか見当もつかない千切りキャベツを作り上げる吉継の隣では、三成が黙々と稲荷寿司を詰めている。
数種類用意された炊き込みご飯が、甘く煮られた揚げに詰められていく。
もちろん、これらを用意したのは吉継で、どちらもすでに素手で触れても決して火傷などしないように十分冷まされている。
ただ。
「…なぁ、あれは、詰めすぎじゃないのか」
「ナニ、子供らは詰まっていた方が嬉しかろ」
「いや、しかし、あれは…」
揚げの側面から、米が顔を出していた。
おそらくたくさん詰めすぎたのだろう、圧力に耐え切れなくなった揚げが裂けてそこから中身が見えている。
実に出来上がっている六つのうち、五つがその状態で、きれいに出来上がっている唯一は、刑部が見本用に作ったものと思われる。
しかし、真剣に作業に打ち込む三成の姿を見てしまえば、それを指摘するのも躊躇われる。実際、子供たちは形など気にしないだろうし、構わないといえば構わないのだが。


唐突に、顔面を黒いマスクで覆った男が迫ってきそうなのだが、どこか気の抜けた音楽が耳に入り込んでくる。
それとともに、ぱたぱたと足音を立てて竹千代と佐吉が台所まで駆けてきた。
「ぎょうぶ、けいたい!」
「けいたい!」
小さな手に握られていたのは、黒く光る吉継の携帯電話だった。
「おお、助かったナァ」
手についていたキャベツを蛇口で軽く流し、エプロンの端で手を拭うと、竹千代の手から携帯を受け取り、そのまま頭をぽんと手を置いてやった。じっと見つめてくる佐吉も同様に手を置く。
足元ではしゃぐ二人は、料理を始める際に台所には入らないように吉継から注意を受けていたため、台所には踏み込まずにギリギリ敷居の向こうに立っていた。
「やれ三成、太閤殿らはしばし遅れるそうだ」
「そうか」
今日は折角の祝いの席ということで、秀吉と半兵衛がやってくることになっていた。
家康は会うたび値踏みされている気がして苦手としていたが、やはり佐吉と竹千代には大層甘く、二人は見事に懐いていた。
「今から駅に向かえば丁度良かろう。主、ちと行って参れ」
「え、ワシか?」
「わしもいくぞ!」
「さきちも!」
「よいよい、主らもこれについて行って参れ。帰りに好きな飲み物でも買ってくるがよかろ」
そう言ってエプロンのポケットから財布を取り出すと、それを竹千代の手にしっかりと握らせた。
「よいか、決して無くすでないぞ」
神妙な顔で頷く竹千代と佐吉だったが、それを眺めていた家康は慌てて口を挟んだ。
「ちょっと待ってくれ、お二人を迎えに行くなら三成のほうがいいだろう」
二人を苦手をしているのは確かだが、それ以上に三成から目を離したくなかった。台所から離れる口実があるのならば、それを多いに活用したい。
しかし、秀吉らが関わると自らが何でも率先して行う三成が、今日に限って頑なだった。
「三成いいのか、秀吉殿と半兵衛殿だぞ。早くお会いしたいだろう」
「私には準備がある。貴様が行け」
「それはワシがやるから、な、三成…」
「いいから、さっさと、行って来い!」
手には稲荷寿司を握ったまま睨め付ける。鋭い視線に、これ以上言っても無駄なことを悟って、溜息を落としすでに幼子たちが待つ玄関へと向かった。
帰ってきたときにはきっと裂けて中身の見える稲荷寿司が出来上がっているのだろうが、その程度で済んでくれることを切に祈って、小さな手を握り二人の待つ駅へと向かった。

















110615