※大体「24時間楽しめますか(sample)」と同じくらいの時系列
※糖分の摂りすぎには十分にご注意ください。





帰宅した家康を迎えたのは、仄かに甘い胃袋を刺激する匂いだった。

休みなく働き続けた三成を慮り上司が与えた代休で、本日この日に家康を迎えるのは三成だけだ。
すっかり遅くはなってしまったが、月末最終日だというのに日付を越えることなく帰宅できたのは奇跡に近い。随分と俗に塗れた奇跡ではあるがその辺はご寛恕いただきたい。

「三成、ただいま」
「ん」

ダイニングへと続く扉を開いて帰宅を告げる。いつもならばこちらを見向きせずとも「おかえり」の一言をくれるはずだが、今日は気のない返事がキッチンから返っただけだ。
火にかけられた鍋をじっとみる三成を見つけて、鞄を床に置き背後からそっと覗きこむ。

「ああ、匂いの元はこれだったか」

くつくつと鍋の中で揺られているのは橙色が鮮やかな南瓜だった。

「今日はこれが安かった」

普段は休日に二人で食材やら生活必需品やらを買いに出るが、たまに時間があるときには一方が買いに出たりもする。確か味噌が少なくなっていたので、それを買うついで見掛けたのだろう。
共に暮らし始めた当初は全く料理もできず包丁を持たせるのも恐ろしかった三成だが、最近ではこうして気まぐれに料理をすることが増えてきた。
当然それは家康の帰宅が遅くなったり、食べるものがなかったりするときなのだが、不意に出される料理は味の良し悪しは関係なく、確実に家康を幸せにする。
今日もこうして、黄色いエプロンを身につけてコンロの前に立つ姿に頬が緩むのを抑えられない。

「…刑部の作る南瓜の煮付けは甘すぎない」

ふと、視線を鍋に固定したままで三成が呟いた。顔を覗き込もうとすると菜箸でつつかれそうになり慌てて下がる。

「だから、貴様にも、食べさせてやろうと」

思わず目を瞬かせた。
食に興味のない三成だ。あれが食べたい、これを食べたいなどということは滅多にない。
それが、家康に食べさせるためにと、南瓜の煮付けを作るのだ。
もしかして、今までもそうだったのだろうか。
ただ単に必要に迫られてなのだと思っていたが、実際はもっと自惚れてもよかったのだろうか。
よく見れば火からは大分遠ざけてあるが、たくさんの書き込みがされたノートが置かれていた。見覚えのある字が並ぶ中に、見慣れない達筆な字が混じっているのを見て、あれはこの料理を三成に教え込んだ人物の字なのだと納得する。

堪らなくなって、手元を睨み続ける三成を背後から抱き締めた。
当然抗議の声が上がるが、抱きしめる腕に力を込めると大人しくなって、また鍋に視線を落とした。

「三成」
「なんだ」
「ありがとな」
「べ、つに、貴様のためだけに作っているわけではない。私が食べたかったから」
「でも、ありがとな」

そう言ってしまえば、返す言葉もないのか黙り込んでしまうので、きつく閉められた唇に己のそれを重ねた。
ゆっくりと触れるだけで離れたそれに、至近距離で三成の瞼が下ろされるのを確認してからもう一度唇を重ねる。
決して深くは触れ合わないが、何度も重ねて互いの温度を混ぜあった。

ふと、瞼を上げて視界に入ったそれに、月末であることを思い出す。
同時に今日が何の日で、なぜ今鍋で火にかけられている野菜が安くなっていたのか思い至り、口角を上げた。
それを怪訝に感じた三成が身体を離そうとするのを、腕だけで制する。

「三成、トリック・オア・トリート」
「はぁ?」

実にいい笑顔で言う家康に対して、三成の声は冷たい。

「何を言っている貴様、子供か。菓子ならその辺の引き出しに煎餅が入っているだろう。第一仮装もせずに、」
「知らないのか、三成」

男は狼なんだぞ。

そう言ってにっこりと笑む家康に、今度は三成が目を瞬かせた。
てっきり睨まれるか呆れられるかすると思ったが、一つ息をつくと。

「ならば、私にも言う権利はあるということだな」

trick or treat ?

豊臣仕込みの流暢な発音で告げると、下げたままだった家康のネクタイを引っ掴み思い切り引き寄せ。
そのまま、吸血鬼のように尖ってもいない、整然と並んだ白い歯が鼻頭に噛みついた。


相変らず鍋の中ではくつくつと南瓜が揺れて甘い匂いがキッチンに広がっている。
ただ、白米と南瓜の煮付けだけだと夕食に心許ないのでこの後家康がもう一品作るのだが。


今夜のデザートは、決定したのであった。

















ぼくらが南瓜を焦がした理由

 

20111106(初出20111031)